五月のおくりもの

コミュニケーションのために

後になって振り返ると、子どもたちが変わり始めたのはあの頃だった、と思うことがある。いつからこうなったのだろうかと思い返してみることもある。ここ最近の子どもたちの様子も、そんな一つの変わり目になるのかもしれないと思う。この半年、一部の子たちの言動に、どうしたものかと考えさせられることが多かった。激しい言葉の応酬、小さな衝突、失敗するとあからさまに見せる落胆とイラだちの態度、こちらの言葉が届いていないと感じる場面もある。素直な感情表現というよりむしろ自分勝手でわがままな行動のように感じることもある。子どもは世の中を映す鏡といわれる。目立つのは一部の子の言動だが、他の多くの子も同じような言動をとる傾向があるのかもしれない。トラブルがあったときは、黙認するようなふりをしながら注視するようにしているのだが、それができずについ口を出すこともあった。新年度第一号のおたよりの最初からこんなことを書くのも気が引けるが、このおたよりはそもそも日常の雑感を何でも書くつもりのものだから、とりあえず書いてみた。そんな気持ちも抱えつつ新年度が始まった。

さて、この『ポランの森から』は事務的な連絡事項のためのものではなく、ごく私的な思いを記したもので、ネットの世界でいえばブログにあたるのだろうか。初期のガリ版刷りに始まり、ファックス刷り、ワープロ時代を経て、パソコンとレーザープリンターの時代まで、39年間発行し続けてきた。元々は、お家の方に向けて、放課後の子どもたちがポランでどんな風に遊んでいるのかを報告するために始めた。以前は読んで楽しい内容も多かったはずだが、年月を経るうちに徐々にそうでないものに変化していると、書いている自身が感じている。一年生たちは毎年初々しいのだが、こちらはそうはいかない。体も感性も年々みずみずしさやしなやかさを失い、子どもを見る目も変化する。長く続く物事の必然だろう。おたよりの発行をやめようとしたこともあるが、こんな独りよがりのおたよりでも目を通してくれる方はいるようで、時々反応があるし、出しているだけで何となくコミュニケーションのようなものがとれているように感じられる。いや、何より書くことがクセになっているのかもしれないと思う。

反面、長く続けていると研ぎ澄まされ、積み上がっていくものもある。知恵やデータだ。AI(人工知能)は入力するデータの数が多ければ多いほど正確な答えを導き出せる。AIと比べるのは恐れ多いが、昔の子どもから今の子どもへと、40年間分の一年生たちを並べてみると見えてくるものがある。40年間分の5年生たちの成功と失敗を並べてみると分かってくるものがある。定点観察だからこそ集まるデータがある。面白いことばかり書くことはできないかもしれないが、分かりやすく書くことで定点観察に基づく推察の一端でも読み取ってもらいたいと思いながら、40年目のおたよりをスタートする。

今風でないので

毎年の第一号は、ポランの基本的な考え方について書くことにしている。我々支援員がどういう考え方で行動しているかを理解してもらうことは、今風とは少し違うやり方をしているポランには必要だと思うからである。昔の常識が通用しない時代だと感じることがある。変えるべき点があれば変えるのは当然だが、変えない方がいいことについてはよく理解してもらった上で、できるだけ変えないでおきたいと思う。

 ̄れます・ケガします

21年前、ポランを移設するにあたり学校からやや遠い現在の場所を選んだのは何より自然環境を重視したからだ。土、水、森、生き物。それらが子どもたちには絶対に必要だと考えた。実際子どもたちはこの環境でよく遊ぶ。その代わり池や沢で濡れたり汚れたりする。凸凹の地面で転んだりもする。でも、汚れるのもケガをするのも、何かをして活発に動いたからだ。活動的に遊んだからだ。衣服や車のシートは汚れるかもしれないが、それとは引き換えにできないほどのことを体験し学んでいると考えていただきたい。ドロケイ(「ドロボウと警察」という遊びの名前)などを見ていると、あんな障害物だらけの凸凹の中をよくもマアあれだけ巧みに走り回れるものだと感心する。市街地の、良く整備された広場やグランドだけで遊んでいる子と比べたら、バランス感覚や身のこなしはかなり優れているのではないだろうか。

△韻鵑もします

大人のケンカや国の争いごとは避けたいが、子どもの場合は必ずしも避けることではないと思う。自己主張のぶつかり合いであり、不当なことをされた場合の怒りの発露だったりするわけで、やられっぱなし、言われっぱなしだった子が相手に立ち向かうことができるようになった成長の結果と見ることもできる。さらに、ケンカや対立を経験して初めて、不快さや仲直りできたときの快感、対立を避ける方法などを知ることができる。もちろん手放しで奨励するわけでない。留意しなければいけないこともある。イジメと同根のケンカなのかどうか、という点。そして大きなケガを防ぐために、物を持ったり足で蹴ったりしないこと。ボクは子どもの頃、校庭の隅の溝に落ちてもまだ取っ組み合いのケンカをしていた記憶がある。その時の感情はすっかり失せたが光景だけは50年以上たった今でも目に浮かぶ。ケンカは、する前もした後も、心は激しくざわつき、学ぶことや反省することが実に多いものだ。人間修養の絶好の機会でもある。取り返しのつく子ども時代にけんかを済ませておくという考え方も悪くない。大人のけんかは大ごとになるし、致命的なことにもなる。血の気の多い政治家がリードしていれば国家間の戦争にだってなりうる。なにより大の大人がなぐり合っている姿はみっともない。

自分で決めればいい

トイレ行っていいですか。水飲んでいいですか、服ぬいでもいいですか。学校や保育園の習慣なのか、時々そう言ってくる子がある。ポランではそんなことはいちいち大人に許可を求めなくてもいいことにしてある。ダメという理由がまったくない。それより、そんなことも大人の判断を仰ぐようでは困る。山登りのときにはいつも、衣服を脱いだり着たり、つまり体温調節は自分の判断でするよう前もって言っておく。時には勝手な判断で大事な物が紛失して困ることもあるが、だからといってすべてを持ち出し禁止にするのは事なかれ主義であり、子どもを育てる発想ではない。別の判断力を育てればいい話である。とにかく少なくとも自分のこと、自分の身の回りのことは自分で判断できる方がいいと思う。危険から身を守る、失敗を繰り返さないなど、とっさの判断力を育てるには、いつも誰かに指示され命令されているのではなく、自分で判断する訓練が必要である。それは放課後の自然な遊びの時間の中で、できるだけ大人の目が届かない時間の中で過ごす方がいい。ポランの現状では大人が現場から姿を消すわけにはいかないが、大人の出る幕、関わり方にはそういう配慮をもっているつもりである。

ぅ好奪リ、キッパリと子ども時代を

現代はストレス社会と言われるがそれは大人に限ったことではない。子どもたちも何かと制約の多い時間を過ごしている。交通信号や「廊下は静かに歩きましょう」式の校則なら、誰にも分かるし、ストレスになるようなことでもあるまい。ここで考えたいのは、人間関係や環境問題のように、はっきりと○○しなければいけないと示されていないのに、暗黙のうちにそうすることが常識でありモラルであると思われているような類のことである。「あっ、そんなこと言っちゃあいかんだニイ」と子ども同士で言うのを耳にする。ちょっときつい言葉や汚い言葉で言い返すとイジメだ、と言われる。あだ名は親愛を込めた呼び方だと思うが、イジメにつながると指摘されたとたんに、気安くあだ名で呼ぶことがためらわれるようになる。何がイジメで何がそうでないのか明確な基準はない。自分で配慮するしかない。それは心理的制約になるだろう。山道で目印として枝を折ったら「自然破壊だ」と言われて、エエ?!と思ったことがある。何が自然破壊なのか分からないのに、悪い響きを持った言葉として子どもたちの心に定着している。また、高学年の子に多く見られる傾向だが、目立たないようにとても気を遣っている。友達に対して強い口調、偉そうな話し方、自慢話などをしないようとても神経を使っている。仲間はずしを受けないようにしているのだろう。いつの頃からか、野球で4番バッターをやる子がいなくなった。これが、偉そうにしないためと責任を引き受けたくない心理の反映だと気づくまでにかなり年数がかかった。カッコイイことをしたい欲求は強いのに目立つのは困る。矛盾した心理が透けて見える。そして「空気を読む、読まない」に至っては、何をどうしたらいいのか、どうしないのがいいのか、まったくきまりはない。まさに空気のように見えないものを敏感に感知して人間関係を壊さないようにするわけで、そういうことが苦手な子にとっては大きな心的負担になるのではないだろうか。

今年も一年生の入学テスト

入学テスト 砂防ダム

ポランの奥に砂防ダムがある。一年生だけが早く下校してくる日に冒険と称してみんなで出かけた。山に入る時に気を付けることを教える初めての機会である。この時期、新入児たちの顔と名前はようやく結びついてきたが、性格や行動の様子などはまだよく分からない。とくにリーダーになれそうな子はいるだろうか、大胆なのは誰か?慎重なのは?お調子者はいるか?危なっかしくて目の離せないのはいるか?など、こういう場所で誰がどんな行動をとるのか、そんなことを知る機会でもある。

最初はちょっとスリルのある堤防の上を歩く。幅は3メートル足らず。高さは二階家の屋根の上くらい。もちろん両側は直角に落ちている。柵はない。中央をソロリソロリと一列で進む。先を争うなんてことはできない。本当の危険を察知した子どもたちはみな真剣な表情である。中央部に座って記念写真を撮る。

次はダムに流れ込む沢に降りてサワガニを探す。石をひっくり返す。石と同じ色をしているせいか最初はなかなか見つからないが、やがて「アッ、いた!」と声があがる。体が異様にヌメヌメしたアカガエルもみつかる。夢中になっていると靴が濡れる。ズボンの尻も濡れたりする。毎年、ベソをかきながら言ってくる子がいるが、今年は平気だった。こういう遊び方に慣れているのだろか。

この冒険が恒例になって22年が過ぎた。木々の背丈が伸びてダムの上から見えていた小学校の屋根が全く見えなくなった。昔はみんなで体育館を眺めた。数年前は抱き上げて見せていた。今年はもう大人でも見えなくなっている。目の前の6歳児たちを見ながら、歳月の長さを思っていた。