雲の形

夏休み特集

肌寒かったけど・・・

愛知県民の森での川遊び バス遠足の目的地を太平洋の波遊びから愛知県民の森での川遊びに変えて3度目の夏。今年の梅雨は長くてよく降った。夏休みが始まった22日時にはまだ梅雨が終わったのかはっきりしない状況だった。24日が川の予定だったので、バス会社には延期する可能性を伝えておいた。前日になってようやく何とかなりそうな空模様になり、当日は曇りがちでやや肌寒いような日だったが予定通り出かけることにした。バスは補助席を使って60人乗りである。子どもと引率者の数を合わせると十数人がオーバーする。やむを得ず今回はボクの車を出し、原田さんにも無理なお願いをしてワンボックス車を出してもらうことにした。

愛知県民の森の中にある水遊び施設はいつもだとかなり混み合うのだが、こんなお天気だから入場者も少なくて、引率者としてはポランの子を見つけやすい上に周囲のお客さんに気を遣うことも少なくて、気楽ではあった。水は冷たくて、あまり長く入っていられないようだった。川の深さは子どもたちのヘソほどで泳ぐにはちょうどいいが、飛び込むには少し足らないくらいだが、高学年の子らは2メートルほどの高さからの飛び込みを楽しんだ。2メートルとはいえ、慣れるまではそれなりに勇気が必要で、いつもとは違うその緊張した顔は、子どもらしくてなかなかよかった。

前日も含めて一定量の雨が降っていたので川が濁ることや増水することが懸念された。そこで現地に問い合わせたのだが、施設の人の話によると、県民の森があるあたりの山は岩山で、降った雨は岩盤の表面をどんどん流れてしまうので濁ることもあまりなく、数日遅れて水量が増すこともないとのことであった。

小さな試練だったはずが・・・

6月から一年生のコマ修行が続いている。夏休み前には大きな鉄ゴマを卒業し、休みに入ってからは小さなベーゴマの修行中である。2年生、つまり去年の残留組も含めてこれまでに半数を超える子が厳しい試験に合格して自分のコマをプレゼントされている。そして上級生とも戦うベーゴマトーナメントに参戦している。 ベーゴマ

ベーゴマという小さなコマは一年生の手ではむずかしいことは確かだが、時間をかければできるようになる。時間がたっぷりある夏休みは絶好の機会だ。ただし、問題はその時間のかけかたである。最近は時間がかかりすぎるのだ。「ポランは大好きだけどベーゴマはイヤだ。どうしてこんなことせにゃいかんの?」という抗議めいた声とか、「お金を出したら合格にしてもらえる?」などという穏やかでない声も届く。そんな時はなぜやっているんだろうと自分でも思ってしまうこともある。すぐに浮かぶ答えは「昔からやっているから」である。そして「できるようになれば面白いから」である。昔の一年生たちは夏休みのうちに全員が合格した。もちろん昔の子も同じように苦労はしていたがマスターするまでの時間はもう少し短かった。ところがだんだんと修行時間が長くなり、ひと夏では足りず二夏、三夏を要する子も増えた。子どもたちが細かな指先の作業をしなくなったことが原因と考えられる。大人も含めて現代人の生活から、結ぶ、ひねる、回す、つまむ、撚る(よる)など、指先や手首や肘など細やかな動きや力強い動きをする機会が減った。昔はテレビのチャンネルもひねったし、電話も指先で回した。缶詰やジュースはカンキリや栓抜きで開けたし、もめん糸をなめながら縫い針の孔に通しもした。ノコギリやカナヅチを使うことも多かった。不便な時代は人が手や足や体を動かすしかなかった時代でもあったのだ。そんな暮らし方が消え、結果、子どもたちにとってベーゴマのハードルが高くなったのだろう。

今年の夏、2年目の子も含めてまた数人の子が合格できなかった。合格の基準を下げることも一般的には考慮すべきことかもしれない。でも、じりじりと下がっていく子どもたちの肉体的、精神的能力に合わせてハードルを下げることはしたくない。なぜならポランでやっていることはたかが遊びなのだ。特段にむずかしいことをさせているわけではない。時代の変化の過程でむずかしいことになってしまっただけなのだ。この程度のことは乗り越えてもらいたいと思う。こんなめんどくさい遊び方をしなくても楽しく過ごせる場所はいくらでもあるだろう。でも、ポランにあって他所にないのはやはりこういうちょっとハードルの高い遊び方であり、自然体でちょっと厳しいこともある子ども集団だろう。でも、そういう育ち方の中で子どもは切磋琢磨されるのだと思う。一人で、快適な空間で、思い通りに、ゆったりと過ごすことなら他でもできる。ポランのように大勢で、自分の思い通りにならない中で、ギャンギャンと濃密な時間を過ごすことは他ではなかなかできない。そしてそんな育ち方にはきっと人間として何か大事なもの、失われつつある大事な何か(たぶんそれはレジリエンスと称するもの)が育つのではないか。頼もしい次世代を熱望してやまないオイチャンはそう思う。

水上レストラン?

水上レストラン? 夏休みは毎日弁当を食べる。部屋の中以外にもいろいろな場所で食べる。木陰に置いた縁台で、自分たちの基地で、プールの着替え用に戸外に作った特別な板の間で、草の上に敷物を広げてハイキング気分で・・・。夏休みの最初の頃、一部の子に水路の中にキャンピングテーブルを持ち込んで食事することを提案した。何年か前にそんなことをした子たちがいて、それがとても気持ちよさそうだったからだ。実際にそれは最高に涼しい弁当の食べ方なのだ。女の子たちがその提案に乗った。道路の脇であり、清流の中というわけにはいかないが、将来、「川の中のテーブルで弁当食べたよねー」と、思い出に残りそうな体験ではある。

「火の舞」よ、おまえもか・・・

お盆に入る前にはいつものように高学年の合宿(キャンプ)があった。ポランでは40年前から合宿の夜は火をつけたトーチをぐるぐると回すファイアーダンス(最近はトーチトワリングというらしい)をして、キャンプファイアー点火の儀式としてきた。20年ほど前まではボクが一人でやって子どもに見せるという形で行った。その後の10年ほどは、3人の子どもを選んで教えてそれを披露するやり方をした。そして、石巻小学校の5年生が野外学習でこのトワリングを取り入れるようになってからの10年ほどは、そのメンバーとその音楽をそのまま借用することにして今日まで続けている。だから最近はとても楽をさせてもらっている。 ファイアーダンス

さて、名古屋の中学校でトーチトワリングの練習中に火傷するという事故があったようだ。事故の映像を見るとそれは起こるべくして起こった火傷のように感じられた。まず、練習の初期段階と見える拙さなのに本物の火をつけていることが大いに疑問だ。そして子供たちの服装がややだらしのないものに見える。もう少しスッキリとした服装の方が危険は少ないはずだ。新聞報道によれば、水の入ったバケツの準備や灯油の含ませ方など、いくつか杜撰なことがあったようだ。何がどのように危険なのか、体験的に心得ている教師が、残念ながらいなかったようで、単なる油断やズサンとは問題が別のようである。

トーチを作るにはコツがある。布を巻きつける固さと、それが抜けないための工夫、灯油を含ませるタイミングとその分量、油の切り方、逆さにしておく時間など、体験しないと分からない。映像を見る限り、明らかに灯油の量が多い。火傷が一人の子だけですんだとすれば運が良かったとしか言いようがない。

名古屋市の教育委員会はトーチトワリングを自粛することを決めた。これで日本全国の小中学校から本物の火を回すトーチトワリングはたぶん消える。運動会の組体操や騎馬戦と同じ運命を辿るのだろう。もっとも石巻小では今年、理由は定かではないが、名古屋を先取りするかのようにLEDライトを使ったと聞いた。でも、ポランでは写真にあるように本物の火を使った。つまり、ポランの子はぶっつけ本番だったわけである。事前に彼らのトワリングを見て、火をつけた練習をしなくても危なくはないと判断したからである。事実、何ごともなく無事に火の舞いは終わった。本人たちはドキドキだったらしいが、初めて本物の火をブン回した感想を聞くと「音がすごくてちょっと緊張したけど気持ちよかった」とのことだった。さて、来年からポランではどうするか。トーチダンスよ、おまえもか、という心境である。

夏休みフォト点描

子どもバザール
子どもバザールでの子どもたちは言われなくてもテキパキと動く。楽しいことをする時にはどこからかエネルギーが湧いてくる。
ナイトプール
合宿の夜のお楽しみの一つはナイトプール。キャンプファイアーの汗を流す。いつもと違ってあたりが暗いというだけで何となくワクワクする。
ソーメン流し
今夏2度目のソーメン流しは途中から雨。それもまた楽し。
決勝トーナメント
ベーゴマ決勝トーナメント。予選を勝ち抜いた8人が観客の前で火花を散らす。観客にも勝者を予想するというお楽しみがある。 写真下左は優勝者加藤碧志君(5)。右は本命だったが惜しくも準優勝の中西洸翔君(5)。金杯、銀杯で祝杯を交わす。
決勝トーナメント
ビー玉大会
こちらはビー玉大会の決勝参加者たち。優勝は林優心(4)君。ぶっちぎりだった。
サイクリング
夏休み最後を飾るのはサイクリング。自転車や体力に不安がある子と1,2年はポランに残った。サイクリングも含め、お楽しみが少なかった時代に始めた幾つかの行事が、一部の子にとって楽しみどころか苦痛になりつつある。ナイフも竹馬もハイキングも虫やヘビとの共存も・・・。嫌なら我慢しないで避けて通ることができる幸せな時代。でもそれでいいのかなあアアアッ。夏が終わる。
サイクリング